2010年01月19日

神聖軸と男女性の学び

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自己探究のもと、何度となく繰り返され、気づき、変化していくことを体感している。



SHUとの話し合いをするたびに、SHUの癖を見せつけられ、うんざりがます。
この不全と引き合い、つりあっている私がいることに。

小学生が好きな女子の気を引きたいがために意地悪をする。
それを大人がするのだからたちが悪い。
わざと相手が困るような発言をする。相手の弱さにつけこみ自分の立場を上に保とうとする。
よくあることだとは思うが。

本人が、そのようなことをしていることに気づくのは以前にくらべ早くなった。
気づけば、すぐにあやまり、素直になります。ごめんなさい。や愛の言葉を並べる。

それが、実践につながり改善していくのならばよいだろう。

私は、それが三日坊主でその場しのぎの言葉でしかないことをうんざりするほど味わった。
蓮の言葉を借りるなら、アメとムチ。でうまくコントロールされている。


私自身、この関係を手放すことが怖くてそれを許してしまうし、逆に言えばそのような関係を楽しんでいたわけだ。

探究者は、気づいたのならば継続的に実践し、変化させようとする。
私は、この点に関しての実践がなかなか思うようにいかなかった。誰だって、苦手な分野はあるものだ。
ただ、神聖軸に立ってるがゆえに、何度となく課題として現れる。
そうやって少しずつだが進んできていたことも事実。


先日、dozenの探究サポートで、はっきりと認識した。
3次元的機能不全でお互いが満たしあっている部分にエナジーをのばし繋がり続けようとする。


私が本当につながらなければいけないのは、神聖さ。

私が、本来の女性性の機能を蘇らせ覚醒しようと思うならば、
その不全を愛に変換させ神聖軸へ戻していかなければならない。

ここ、地球に降り立ち自らの役割を果たすべく。



本当のパートナーシップというのは、お互いが神聖さとつながり、自分の足でしっかりと立った上で育まれるものだ。

これは、探究なくしては育めない。

パートナーシップを組むということは、自分が自覚する以上に癖がでやすい。ということは学びが濃い。
神聖さを軸とした探究をしているからこそ、そこにしっかりと向き合える。
相手を思っての相手軸でもなく、物質的な安定への軸でもなく、社会的な評価への軸でもない。

3次元的なパートナーシップならば、お互いの欲を満たしあい、それを愛だと言える。
不全で補い合い、妥協し、ごまかし、隠し通せることもあるだろう。
競争してようが、内的・外的に攻撃をされようが、怖れや不安から、変化しようにもできなかったり、社会的なしばりから頭で納得させたりもする。


神聖軸にたち、探究をはじめればすべてはオープンにされ、隠すことはできない。
ごまかせないし、妥協している自分をも知る。

神聖さの土壌ではすべてがオープンにされるので、変化せざるを得なくなる。
ごまかさず、妥協せず向き合えば、隠されていた不全の部分が愛に変換されるから、以前より心地よく立つことができるようになる。

これが、ラブスピースの土壌での探究だ。

蓮というすでに覚醒し、高次とのパイプとなっている女性が先駆的探究者であり、そのまわりには、神聖さの軸の元に探究者があつまっている。
神聖さを軸に高次やスピリットたちとの共同創造の土壌で探究することは、一人で探究するよりもかなりスピードアップすることは間違いない。
これは、体験をもって言えること。

このような大きな課題と向き合う場面でも、探究者だからこそ、大きく揺れることなくパートナーとの話し合いができる。
ラブスピースの土壌で探究していていほんとうに良かった。


ラブスピースは男女性に特化した学びの土壌。
蘇り・覚醒・クンダリーニ・アセンション・地球のシフトには欠かせない。

これは、スピリットの願いでもある。

スピードアップしているシフトの波に乗り、私の探究からますます目が離せなくなるな。




posted by トリン at 11:09| Comment(0) | シュウと私の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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